ダイビングコラム
忘れられないダイビング [ 2003/07 ]
今なお忘れられないダイブがある。今後もダイビングを通じて色んな体験をすると思うが、この1本だけはおそらく一生忘れないだろうと思う。それはライセンス取得中の海洋実習で初めて海に潜ったダイブである。
海洋実習とは、その名の通りライセンスを取得するカリキュラムに含まれる、海で行う実習のことである。通常のカリキュラムでは、学科講習やプール実習で一通りの知識と技能を身につけた後、実際に海での実習を行う事になっている。プール実習で器材を背負って水中で呼吸をするという感覚に慣れた見習いダイバーである私は、海のダイビングに対して調子をコイていたのかもしれない。インストラクターの樋口さんにも

「その調子なら海洋実習は大丈夫!」

と太鼓判を押してもらい、当日の朝も結構余裕だった。実際にエントリーするまでは。 。。
海洋実習を行った6月の伊豆の海は水温20度ぐらい。これは、今にして思えばそんなに冷たい水温ではないのだが、初めて海に潜る私には衝撃的に冷たく感じた。昨日まで使っていたプールは温水プールだったのである。重い器材を背負ってよちよち歩きで海に入る。ペンギンのようなその情けない姿は愛敬があるがやってる本人は大真面目である。やがて海水が膝の位置まで上がってきた。ブーツの中に水温20度の海水が入ってくる。

「冷たっ!」

私は心の中で叫んだ。樋口さんは腰まで海に浸かって笑顔で手招きしている。樋口さんを待たせる訳にはいかない。私は心の動揺を押えて更に進む。海水が胸の位置まで上がった。背中のファスナーから海水が浸水して下半身があっという間に満たされる。

「冷たぁぁっ!」

私の口から悲痛な叫びが洩れた。
「大丈夫、ここまできたら潜って水中を移動しましょう。そのほうがラクだから」
樋口さんがエスコートしてくれる。しかし私の心は半分泣きたいような状態である。呼吸も速い。こんな状態で本当に潜れるのだろうか。もう辞めようか?辞めるなら今しかない、どうする・・・?と悩みつつも半分ヤケクソになって海中に身を沈めた。頭のてっぺんから足の指先まで海水に浸り、体の全ての穴という穴から海水が流れ込んでくるような気持ち。皮膚とウエットスーツとのわずかな隙間があっという間に海水で満たされた。初めて眺める海中の景観が視界に飛び込んでくる。さっきまでの喧騒がまるで嘘のように静まり返り、聞こえるのは自分の呼吸音だけ。世界が変わった。

「これがダイビングか!」

私はレギュレータを加えた口でそう叫んでいた。
初めて体験する伊豆・海洋公園のは私が予想していたものとは比較にならないくらい個性豊かな表情をしていた。魚が当たり前のようにたくさん泳いでいるのである。私はそれまで魚はごく限られた個所にしか生息していないんだろう、伊豆の海岸近くに魚なんていないだろう、という勝手な想像をしていたのだが、これが見事にハズれてしまった。陸上の海洋公園は断崖絶壁がそそり立つわりと殺風景な場所なのだが、たった数m潜るだけでそこには海洋生物が繰り広げる海のドラマが存在していたのである。私は自身の貧相な想像力を恥じた。こんな世界があったなんて・・・。私はわずか30分の初めてのダイビング(海洋実習)が無事終了するまで、水温が20度であることをすっかり忘れていたのである。それほど衝撃的なインパクトを私自身に与えてくれた、海洋実習であった。
初めての水中散歩

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