ダイビングコラム
初めてのマンタ様 [ 2003/07 ]
潜水本数が15本を越えた2001年の夏、私は沖縄は八重山の海に潜っていた。石垣島には世界にも有名なオニイトマキエイ(以下マンタ)の集まるマンタ・スクランブルと呼ばれるポイントがある。私はそのポイントの水深10mほどにある小さな根の岩に掴まって、マンタの登場を身をひそめて待っていた。

マンタは大きいもので全長が4mほどにもなる、かなり大型のエイである。その雄大でゆったりと泳ぐ姿はダイビングを知らなくてもご存知の方は多いだろう。ダイバーにしてみれば、これ以上ない永遠のアイドルだ。そんな世界でもなかなかお目にかかれないマンタ様が、かなりの高確率で見れるポイントがあるっていうんだから日本の海は豊かだなぁとしみじみ思う。
石垣島のマンタ・スクランブルは高確率でマンタが出現するというだけでなく、水深も浅く流れも穏やかなので、初心者にもオススメしやすいポイントである。夏休みともなれば、マンタを求めて日本中からダイバーが石垣島にやって来て、ポイントの周辺はダイバーを満載したボートで溢れかえるのである。
周りを見渡すと同じように待機しているダイバーが、そのマンタ・スクランブルを輪のように囲っていた。エアーの消費を最小限に押える為だろうか、それともマンタを驚かせまいとの配慮だろうか、みんなピクリとも動かずじっと1点を見つめている。ちょっと異様な光景ですらある。
なぜここまで神経質にならねばならないかと言うと、マンタは海中に漂うプランクトンを捕食する、大型だけどかなり繊細な生物だからである。彼らは、泡をボコボコ吐き、フィンを含めると2m程にもなるダイバーに対して、ことさら警戒心を抱いてしまう。したがって、ダイバーがマンタの勇姿を拝もうと思ったら、それこそ「拝見させていただきます」ぐらいの謙虚な姿勢で臨まなければならない。
そんなマンタがこのマンタ・スクランブルにやって来るには理由がある。それは、このマンタ・スクランブルがクリーニングステーションとしての役割を果たしているのである。クリーニングステーションとは、クリーナー役のベラや他のサンゴ礁に棲む小魚がマンタの体に付着している寄生虫をついばんでもらう場所のことだ。彼らはこれがたいそう気持ち良いらしく、多い日には何枚もマンタが出現するらしい。石垣島周辺に住むマンタがこのクリーニングステーションを気に入ってくれている間は、このポイントの人気が廃れることは無いだろう。

こんなに臆病な生物を見る為に、こんなにたくさんのダイバーが大挙して押し寄せるモンだから、当然そこには暗黙の了解というか、ルールがある。そのマンタ・ウォッチングのルールは概ね次の通りである。

マンタ・ウォッチングのルール
一つ、マンタのお腹にエアー吐いてはいけない
一つ、マンタの泳ぐ道をふさいではいけない
一つ、マンタの目線よりも下にいなければいけない

以上の項目を、エントリー前のブリーフィングでガイドさんに教えてもらった。なにしろ潜水本数10数本である。他のダイバーの皆さんの迷惑になるようなことだけは避けたい。マンタを驚かさないよう、サンゴを傷つけないようにしなければならないのである。私は既に岩と同化しているんじゃないかと思うぐらい、微動だにしなかった。

しばらくじっとしていると、暇なので視線が岩場に集中する。するとこれまで気にも留めなかった岩場が、意外なほど表情豊かなことに気づいた。イソギンチャクやサンゴ、そしてよく見れば小さい魚もいるではないか。私は姿勢を保ったまま宙を見つめるのをやめ、すっかり岩場ウォッチングにハマってしまった。岩場ウォッチングを始めて15分ほどした頃、「カン!カン!カン!」と空気タンクを金属の細い棒(指示棒)で叩く音が聞こえた。これはガイドさんがダイバーに何かを伝えたいときに出す合図である。音のする方を振り返ると、遠方より待望のマンタが非常にゆっくりとした泳ぎ方で1枚現れた(マンタは1枚、2枚と数えます)。
大きく羽ばたいている様は、「泳いできた」というよりも「飛んできた」と表現した方が適切かもしれない。泳ぐスピードは優雅な動作からは想像できないくらい、速い。ダイバーが隣りを泳いでも追いつけないだろう。今まで写真やビデオで何度も見ていたからある程度は予想していたが、実際に目の前に現れると圧倒的な存在感である。
どのような状態が「クリーニング中」なのか分からないので、マンタの仕草を見てご機嫌を伺うのはちょっと難しい。でもマンタ・ウォッチング中でできた「人の輪」の中で、彼は何度もぐるぐる回ってまるでダイバー達に愛敬を振りまいているように見えた。きっと今が気持ち良いクリーニング中なんだろうなあ。
フと隣りの根をみると、水中撮影用の器材を持っているダイバーがもの凄い形相でその勇姿をファインダーに納めようと身を乗り出している。他のショップのガイドがそのルール違反ダイバーに注意を促していた。目の前にこんな凄い被写体が現れたんだから、その気持ちも分からないではないが、絶えず冷静な自分を意識していたい。

そのうち、彼はくるりと転回すると私が張付いている根に方向を変えた。というか私のいる方向に向かって真っ直ぐに飛んできたのである。改めて真正面から見ると、デカイ。本当にデカイ。相当にデカイ。幅は3m〜4mぐらいあるんじゃないだろうか。それがゆっくりと私の方をめがけて近寄ってくるんだからかなりの大迫力である。
マンタが直前にまで迫った時、私は泡を当ててはいけないというルールを思い出し、慌てて呼吸を止めた。正確には迫力に押され息を飲んだと言った方が正しいかもしれない。実際はほんの数秒だったが、マンタが私のすぐ頭上を素知らぬ顔で泳ぎぬけて行く時間は、とてつもなく長く感じた。良く見るとマンタには目があった。なんともやさしそうな目である。体が大きいと、心まで大らかな気がする。真っ白い腹にコバンザメ?のような小さい魚が何匹か確認できた。

巨大マンタが頭上を通りすぎ冷静に呼吸ができるようになったので、改めて周囲を見渡してみた。するとやや小ぶりのマンタが2枚ほど、私の場所からちょっと離れた根の周りで泳いでいるのを見つけた。ガイドさんがその根に移動する合図を出したので、私もガイドさんに続き、根から根へマンタを求めて移動する。こうしてダイバー達の輪は崩れていくのである。
さっきのマンタと比べると、体は少し小さいが綺麗な体色をしている。きっと若い個体なんだろう。急上昇したり急転回したり、まるでダンスをしているようにも見える。躍動感がありなんだか楽しそうだ。マンタは動きの遅い動物のように思われるかもしれないが、そんなことはないと思う。巡航スピードは速いし動作は機敏。 実は結構アクティブなのかもしれない。

そうこうしているうちに、エアーの残圧が少なくなってきたので浮上開始。今日は合計で4枚のマンタを見ることができた。一番大きい奴には頭上を泳がれるという特典付きで、私の初マンタは120点のデキである。すばらしいぞ石垣島。
またきっと来ようと思ってエグジットの準備をしていたら、さっきの若い個体が最後にもう一回姿を見せてくれた。きっと私に対する最後の別れの挨拶なんだろうなぁ。今度来る時は、もっと大きい体をみせてくれ。
私はボートのタラップに手をかけ、体を無重力の世界から重力の支配下に戻した。
憧れのマンタ様とご対面
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