ダイビングコラム
指令・ダンゴウオをゲットせよ! [ 2003/07 ]
「おはようございまーす」
とダイビングショップに顔を出すと、髪と肌が褐色になったガイドさん達が笑顔いっぱいで迎えてくれる。早朝から器材やらタンクやらを運ぶ重労働をこなしつつ笑顔を絶やさない彼らは、サービス業のプロだなぁと毎度ながら感心する。
潜水本数や最後に潜った日、所属団体やランクを記入して「死んでも文句は言いません」と書面にサインをする儀式を終えると、いよいよダイビング気分が高まってくる。今日はガイドさんを含めて5人のチームで潜るらしい。ご同行するメンバーと顔合わせをする。「初めまして、どうぞよろしくお願いします」ダイビングをやっている人達はなぜ皆こうも爽やかなのだろうか。職業も年齢も性別もバラバラなのに、「ダイビング」という共通のテーマで集まった同士はすぐに打ち解けあうことができる。いろんな人との出会いがあるのもダイビングの醍醐味の1つだな、と思う。
ダイビングにはそのスタイルから大きく分けて「ビーチダイビング」と「ボートダイビング」がある。前者は器材を背負ってまるで入水自殺のように歩いて海に入る。エントリー後はポイントと呼ばれる目的地まで泳いで移動するスタイルである。これはダイバーが歩いてエントリーできるようなビーチが無いとできない。後者はボートに乗って沖合いに出て、ポイントの真上でボートから飛び込むスタイルである。それぞれに一長一短があるが、私はボートダイビングの方が楽チンなので好きだ(料金は当然高くなるが)。
今日のダイビングには明確な目的があった。その目的とは、憧れの「ダンゴウオ」に会い撮影するということである。ダンゴウオとは体長が5mm〜20mmという小さな小さな魚で、伊豆ではだいたい5月下旬頃までが旬とされる。夜行性と考えられているが昼間でも充分に観察する事が出来るらしい。私を含めた今日のチームメンバーも、全員憧れのダンゴウオに会う為に来たのだ。ダンゴウオはビーチダイビングで十分狙える場所にいるらしいので、今日はビーチダイビングに決まった。もちろんダンゴウオは野生である。養殖している訳ではないのでいつも出会えるとは限らないが、一定の場所に留まっていることが多いので、ガイドさん達はおおよその生息場所を把握されており、私のような「○○が見たい!」というリクエストにもだいたい応えてくれる。今日は会えるだろうか・・・。期待と不安が交差する。宝捜しに出かけるような、このドキドキ感がたまらない。
よちよちダイバーのエントリー風景
ダイビング器材一式とタンクを背負い、カメラを持ち、いよいよエントリーである。タンクのバルブ開けたっけ?エアーは来てる?カメラのバッテリー充電完了してたっけ?レンズは付いてる?しょっちゅう忘れ物をする私は、エントリー時にいつも何かを忘れているような気がして落ち着きを無くしてしまう。5月下旬の水温は20度。ウエットスーツでぎりぎり潜れる水温だ。全身を海水に浸した時、世界は一変する。あたりは静まり、ダースベーダーのような自分の呼吸音だけが鼓膜に突き刺さる。水中では大気中の20倍の速さで音が伝わる為、360度の方位から音が聞こえるのだ。この瞬間、全身をウエットスーツとフードというゴムで覆われた私は、そのゴムと皮膚の隙間に入り込んだ海水が私の体温で暖まるのを感じ、なんとも言えない幸せな気持ちになれる。悩み事なんか全てどうでも良いような気持ちになれる。全身が海に溶けていくような、そんな気持ちになれるのだ。
エントリー後、チーム全員が集合地点に集まりダンゴウオ探しの探検が始まる。探検といっても相手は10mmに満たない魚であり、闇雲に探し回っても発見するのは正に雲を掴むような話。ここはガイドさんの力量にお任せすることにして、私はガイドさんの金魚のフンになった。透明度は約15m、この時期の伊豆にしては悪くない。カメラの電源を入れストロボの角度を調節し、マクロレンズの具合を確認する。準備は万端だいつでも来い!鼻息が荒くなるとエアーの消費が多くなるので、もじもじ君のような風貌のダースベーダーは興奮せずにあくまで冷静を装った。
ガイドさんは発見した魚の名前を説明したりするのに磁石で字を書く「せんせい」みたいな物を持っていることが多い。今日のガイドさんも持っている。エントリー後5分もしない内にガイドさんがとある根を慎重に調べていた。その時「せんせい」の白いペンが何か文字を書き出した。「ついに発見か!」興奮してその文字を読むと「アオウミウシです」。なーんだウミウシですか。ウミウシにとっては失礼な話だが、今日の目的はあくまでダンゴウオなのでそれ以外の被写体には食指が動かんのですよ。まぁ練習も兼ねて撮っておくか。パチリ。
高飛車な態度で撮影していたが、このアオウミウシはブルーが綺麗な体長15mm程の生物だ。普段ならこのアオウミウシだけでも十分にカワイイ撮影対象なのだが、今日ばかりはダンゴウオ以外はその他大勢扱いなのである。すまぬ。
そうこうしている内に、ガイドさんが次の被写体を発見したようだ。白いボードに何か書込んでいる。チームの他メンバーがこぞってその文字を覗き込んでいるが、しかし私はまだアオウミウシを撮影している最中なのであった。どうせ全員が一度に見れないんだから、慌てない慌てない。そしてようやくガイドさんの筆跡を確認するとそこには「ダンゴウオ1匹目!!」と書かれていた。
ダンゴウオは本当に小さい。今回発見したのは幼魚なのでことさら小さいのだが、どのぐらいかと言うと小指の爪ほどもないサイズである。しかもそれが体色をうまく利用して背景に溶け込んでいるので、そこにいると知らないとまったく分からない。ていうかガイドさんに場所を指示棒で示してもらっても、じーっと目を凝らさないとダメである。そんな世界。
私はやっと会えた興奮を押えつつ撮影準備にとりかかった。用意したマクロレンズを2枚セットしてカメラもマクロモードに切り替える。外部ストロボスイッチオン!もわ〜と赤いLEDのレディランプが点灯した。準備万端である。しかし先着のダイバーがその極小生物をファインダーに捉える為に四苦八苦していた。ただ待っていてもツマラナイので、その辺の苔や石をダンゴウオに見立て光の加減や絞りなどを試して撮ってみる。こーいう時デジカメは便利だなぁと思う。
いよいよ順番が回ってきた。水中では光の屈折の関係上ただでさえ視界が狭くなるのだが、マスクを付けているのでさらに自分の前しか見えない。私は周りを気にしつつダンゴウオの前に立った。彼はそこで正面を向いて座っていた。
ダンゴウオ正面 ダンゴウオおしり
「か、かわいい!かわいすぎる!」

初めて肉眼で見るダンゴウオは、冗談のようにカワイかった。ウワサ通りの凄い奴である。真正面からみるとドラゴンクエストの「スライムベス」そっくりで、大きい目や愛敬のある厚いタラコ唇は見ている者を至極の時間へと誘った。これマジで生きてるのぉ〜?
さっそく撮影にとりかかる為ファインダー代わりの液晶モニターを確認してみた。
「あれ?いない」
さっきまで肉眼で確認できていたダンゴウオが液晶モニタを通すと見えないのである。おかしいなぁと思いつつ肉眼で確認すると、彼はそこにいた。もう一度液晶を確認する。やっぱりいない。あれ?どういうこと?
ダンゴウオは小さいだけでなく擬態の天才なので、液晶モニタ越しに見ると周囲に溶け込んで識別が非常に困難なのだった。て、手強い・・・。
それでも私は液晶ファインダーを食い入るように覗き込んでシャッターを切った。外部ストロボが辺りを照らす。もう1枚、もう1枚と続けた。相手が小さくてピントがなかなか合わない場合は、下手な鉄砲数打ちゃ当たる作戦である。
枚数にして5枚ほど撮影したころ、ダンゴウオはそんな私の態度が気に入らなくなったのかくるりと後ろを向いてしまった。敵かもしれない私に背中を見せるなんて、実に大胆不敵な奴である。よほど擬態に自信があるのか、それともダイバーが自分を襲わないと知っているのだろうか。よちよちと回転するその仕草はまたカワイイ。これはもう存在自体が罪である。自分がカワイイと知ってダイバー達を魅了する小悪魔なのである。私は今日のダイビングについて何も言う事はない。もの凄い満足感に包まれて残りのエアーを消費した。幸せだ〜。
そんなこんなで私のダンゴウオをゲットせよ!の指令は大成功の内に幕を閉じた。ダイビングという性格上、目的の魚に毎回出会えるという保障はどこにもない。今日は朝感じた通り運が良かったのである。私は鼻歌交じりで国道135号線の厚木方面に車を走らせていた。夕方の渋滞もいつもより気にならない。なぜなら私のメモリーカードには撮れたて新鮮なダンゴウオのデータが書込まれているのである。まるで宝物を発見したような心境だ。その日の内に、私の携帯電話の壁紙はそのダンゴウオに変更された。
次の目標は何にしようか、それが目下の悩みのタネである。
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