ダイビングエッセイ
水没 [ 2004/05 ]

私は一度だけカメラを水没させたことがある。
それは大瀬崎の先端を知合いと一緒に潜っている時だった。賑やかな夏が終り、木々が赤く染まりかけた秋の入り口の頃、誰よりも先にエキジットして体からポタポタ滴り落ちる海水をいつまでもぼーっと眺めていた。

私は器材のメンテには割と大雑把な方である。大雑把といっても使用した後はちゃんと塩抜きをして日陰干しをする最低限のことはやっている。自宅のユニットバスに水を溜めるのは器材を洗う時ぐらいかもしれないが、それでもライセンスを取得する時に教わった手順に従ったメンテは行っているつもりではある。「大雑把」それがO型な私のメンテナンスの極意なのだ。
そんなのは自慢にも何にもならないのは重々承知の上なのだが、カメラ機材のメンテナンスについても割と大雑把だったかもしれない。使用後は塩抜きをして、各ボタン類もきれいに洗い流す。使用前はOリングを外してグリスを塗ったりもする。しかし、今にして思えばこれらがすべて大雑把だったのだ。それがあの悲劇を呼び起こしたのだろう。あの忘れもしない忌まわしい1ダイブ・・・。
悪い予感
その日私は知合いと合計4人で大瀬崎の先端で潜っていた。もちろん全員フォト(変態)ダイバー達である。今日のお目当ては水深24mにいるというクダゴンベだった。クダゴンベを目指してゆっくりと潜行して水深15mぐらいのところで他の被写体を撮っていたのだが、いつもよりもAFの調子がよくないような気がした。動きが遅く、いつもならピントが決まるような場面で決まらないのである。おかしいな?と思ったがそのまま潜行を続けた。今にして思えばここで引き返せばまだ間に合ったかもしれないのだが。
水深20m地点に到達した頃、カメラはますます不調を訴えてきた。ピントが合わない。液晶画面が曇っている。「アレ?曇り止めが足りなかったのかな?」と不審に思いカメラをよく見ると、曇っているのはファインダーの窓だけではなく、アクリルのボディ全体が異様なまでに曇っていることに気がついた。私が使っているメーカー純正のハウジングは透明なので水中でも中のカメラの状態が分かるののだが、こんなことは過去に一度も無かったことである。これは明らかにおかしい。とうとうシャッターボタンなど各種動作ボタンも受け付けなくなってしまった。

「なんだこれは!ま、まさか?」

そう思ってハウジングを斜めにしたところ、有り得ないことに「かど」の部分に水が溜まっているのを確認してしまった。見てはイケナイ物を見てしまった気分で軽く動転していた時に、バディが私にライトを振りかざして呼んでいるのが見えた。「クダゴンベ発見!」ああ、なんてタイミングだろう・・・今私はそれどころではないのです・・・・。


バディは歴戦の勇者なので、私ではとうてい見つけることができないような魚まで見つけることができる。それは素晴らしいテクニックで、待望のクダゴンベを見つけてくれた彼は「さぁ、はやく撮りなさい」とばかりに指示棒でクダゴンベをポイントしてくれた。しかし、私はそれどころではなかった。自分の身に降りかかった未知のトラブルに対してどう対処すればよいか、水深24mの海底で必死に考えていた。

とりあえず早急にエキジットすることが賢明だと判断した。もしかしたらカメラはまだ助かるかもしれない。一刻も早く浮上しよう!私は私のリクエストだったクダゴンベをようやく見つけてくれたバディに、現在の私の状況を伝えようとした。しかしトレースを持っていない私は、なかなか上手くこの緊急的な状況を伝えることができなかった。
身振り手振りで、カメラを斜めにして指差しダメダメと腕を×にしたり、カメラを指差して溺れているように身をもだえるようなポーズをしたり、今にして思えばかなり不審な行動だったかもしれない。しばらくして状況を把握してくれた彼は浮上しろ、とジェスチャーをしてくれたので私はゆっくりと、かつ急いで浮上することにした。

水深24mからの急浮上は肺が破裂する可能性もあるので、許されるギリギリのスピードで浮上することになる。浮上中は斜めにしたカメラの角度をいろいろ変化させて一番助かる可能性が高そうな状況を作り出そうと必死だった。それは瀕死の我が子が救急車で病院に搬送されるのを付き添う両親のような感じ。助かってほしい、死なないで!私は何度も何度も心の中で願った。すぐに浮上できない自分の環境を恨んだ。しかしこれ以上無理することもできない。ギリギリのところで私は焦っていたが、その頃カメラは電源が落ちたのだろうか、液晶画面には何も映らずどのボタンにも反応しなくなっていた。しかも、ハウジングの中の液体は、非情にもその分量を少しずつ増やしていた。

一人で早々にエキジットして、皆が上がってくるまで10分以上あっただろうか。その間に私は一人陸に上がってすぐにハウジングを開け、中にたまった水を取り出し、タオルでカメラを拭いて電源ボタンを入れてみた。しかし、その日黒い液晶画面にいつもの「Power on」のメッセージが表示されることはついになかったのである。


後日談
カメラは全身を海水に浸った訳ではなかったが、修理から返却された伝票には「水没」と大きく書かれていた。でもバッテリ、メモリカードは損傷ないようで再利用できたのは不幸中の幸いである。その後、ダイバーズ保険に加入したのは言うまでもない。
この事件以来、私はカメラ及びダイビング器材のメンテナンスにとても慎重になったと思う。この程度で済んで良かったと思うと同時に、今後ダイビングを続けていく上でメンテナンスは重要だと身に染みて再確認できたのである。そう考えれば安い授業料だったのかもしれないし、よい戒めになったような気がする。もう二度と同じ気持ちにならないように・・・。
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